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Un dossier de la note indépendant

Lotus F1

中島美嘉→Lotusと来れば、中島+ロータスつながりで中島悟氏の話をしよう。
(おっと!そっちへ行くわけね・・・(^^;;)

中島悟氏、などといっても、古くからのレースファンでないと知らない人もいるかもしれない。
彼は、日本人初のパーマネントF1ドライバーであった人である。
現在は自身のチームを率いてフォーミュラ・ニッポンに参戦している。

私が初めて彼の走りを生で見たのは、彼がまだF1に行く前の、日本のF2で走っている頃であった。当時、エプソンカラーのF2マシンを操り、無敵の強さを誇っていた彼であったが、さすがに世界の壁は厚かったというべきか、F1にステップアップするのにはいささか年を取り過ぎていたというべきか、結局期待された表彰台に立つことなく現役を引退したのである。

しかし、当時からのモータースポーツファンは、決して中島を忘れることはないだろう。目立った成績は収めなくても、華々しい活躍はしなくても、フロンティアとして頑張ったレーサー中島悟は、多くの人々に強い印象を与えたのである。彼の引退の時は小生も涙したのである。

このビデオは1988年の鈴鹿での彼の走りだそうだ。
おそらくフリー走行なのであろう。
マシンはロータスホンダ100T

わたしゃ確かS字の手前で彼の走りを見つめていたはずである。
中島のチームメイトは小生が大好きだったネルソン・ピケ
この年の日本GPの優勝は、今は亡きアイルトン・セナ
二位はアラン・プロストであった。
まだ、あの確執の起こらない頃のマクラーレンの二人であった。

このときから、もうかれこれ18年かぁ・・・・



そうそう!
日本では放送もされないし、全然目立ちもしないが、往年のF1ドライバー達が集まって『GPマスターズ』という選手権を開いている。
先日行なわれたシルバーストーンでの一戦は、どうやってマシンに乗り込んだのか不思議なほど太った(^^;エディ・チーバーが優勝したらしい。
英国期待のナイジェル・マンセルはスピンしてリタイア。
出走者は他にもデレク・ワーウィックリカルド・パトレーゼクリスチャン・ダナーアレックス・カフィまで・・・。
カフィといえば、オゼッラ、スクーデリアイタリアなどの弱小チームを渡り歩き、
最後はあの泡沫チームともいうべきアンドレアモーダ(W12気筒なんてとんでもないエンジンを積もうとしていた!)で消息を絶った(?)名ドライバーであった。
実は小生がかつて密かに(?)応援していたドライバーだったのである。(^^;)

日本でも開催しないかなぁ、GPマスターズ!!





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