中島と聞くと・・・・。2006-11-14 Tue 20:43
中島悟が日本人初のパーマネントなF1ドライバーとなったのが1987年のことだから、もうかれこれ20年も前の話になるんだぁ・・・・。
月日の経つのは早いものである。 わたしゃ、この年初めて鈴鹿で開催されたF1日本GPを観戦して、身震いするほどの興奮を覚えたのである。 それまでも幾度か、国内レース(それこそ中島が走っていたF2やGCシリーズなど)を観戦していたのだが、F1のスケールとスピードはまったく比べ物にならないものであった。 あれから幾人もの日本人F1ドライバーが誕生し、中には「あの人は今・・・」と言われるような人もいるのである。 多くの日本人ドライバーは、F1のステージに立つことで精一杯であったのである。 佐藤琢磨の出現までは・・・。 佐藤琢磨は、持ち前のアグレッシブさと国際感覚で、ほかのどの日本人F1ドライバーとも違った感覚を持っていた。イギリスF3チャンピオンに輝き、鳴り物入りでF1に参戦した時は、わたしも相当興奮してしまったのである。 まぁ、残念ながら、いくつかの数奇な運命のめぐり合わせで、ただ一度表彰台に上っただけであるが、スーパーアグリで孤軍奮闘している姿を見ると、それはそれで涙が溢れるほど嬉しいのである。 (本人は決して嬉しくはないと思うのだが・・・・) 来年、テストドライバーながら、日本人の期待を背負いそうなドライバーがF1にチャレンジすることになった。 ウイリアムズ・トヨタのステアリングを握るのは、中島一貴。 そう。中島悟の息子である。 モータースポーツというのは金がかかる。そのうえ、かなり危険なスポーツである。 血の道もあるだろうが、なにより周りの理解と協力がないと難しいスポーツである。 だからであろうか。 最近はいわゆる二世ドライバーがかなり多い。 現在活躍している二世ドライバーには、ケケ・ロズベルグの息子のニコ・ロズベルグ。ネルソン・ピケJrの父親はもちろんあのネルソン・ピケである。 星野一義の息子の星野一樹も国内レースで頑張っているし、DTMにはニキ・ラウダの息子のマティアス・ラウダもいる。アメリカに行くと・・・アンサー家とアンドレッティ家、そのうえフォイト家まで絡んで、周りを見回せば親戚ばかりの中小企業のようである。(笑) 将来、中島一貴がどこまで成功するかは未知数である。 だが、古くからのモータースポーツファンは、「中島」と聞くと血湧き肉踊るのである。 頑張って欲しいのである。 彼も参戦するF3のマカオGPが、今年も17日から始まる。 好バトルを期待したい。 |
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