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TROY

先日、テレビで映画「TROY」を観た。
以前、どこかでも書いたが、この映画を観るのは初めてではない。
セシル・B・デミル、チャールトン・ヘストンの頃からこういうスペクタクル映画が大好きだったわたしゃ、以前にもこの映画を観たことはあるのである。

だが、最近の自分の心持ちを反映してか、以前観た時とは違った想いを抱いたのである。

以前は謳い文句にあるように「豪華さ、壮大さ、エンターテイメント、全てを兼ね備えたアクション・スペクタクル超大作」としてしか観ていなかったが、今回あらためて観てみると、そこに『男の生き様』を強く感じたのである。

ブラッド・ピット演じるアキレスの強い個性はもちろんであるが、エリック・バナ演じるヘクトルの実直ゆえに悲しい生き方もいい。
そして脇役ではあるが、ショーン・ビーン演じるオデッセウスの「中間管理職」的な立場には強くシンパシーを感じたのである。
(まぁ、ギリシャ神話では、このトロイの木馬作戦のせいでオデッセウスはその後大変な目に遭うわけであるが・・・(^^;))

組織に従順で、智将の誉れ高いオデッセウスと自らを重ね合わせ、その立場に満足してきたのが自分ではなかったのか?
本当はアキレスになりたかったのに、自らにそれだけの勇気がなかったから、敢えてオデッセウスになろうとしてのではなかったか?

最近の自己嫌悪の根源が、この映画を観ながらなんとなくわかった気がしたのである。



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